2013年 09月 26日
いとうさん |
手術が終わり、病室へ戻る。
手術した胸には血やリンパ液を流すためのドレーンがついている。
違和感バリバリ。
でも、思いのほか痛みはあまり感じない。あとは傷口からの浸出液が減ってドレーンがとれたら病院脱出だ。それまで、3日くらいかかるらしいから、しこたま用意しておいた本を読むことにする。
なにしろ病院にいるもんだから、病気に関しては何があってもすぐに対処してもらえる。栄養をちゃんと計算された上膳据膳の食事。やることは本読むことと、寝ることだけ。うっかりぼんやりすると悪いことばかり考えちゃうので、ひたすら本を読む。
と、隣のベッドからなんだかかわいらしいおばあちゃんの声が聞こえる。
どうやら今日から入院らしい。でも、なんだか看護婦さんとも慣れた様子。
「その後、お義母さんとはうまくいってるの?あなたなら大丈夫よ~」看護婦さんの家庭事情まで知ってる患者って何者!?
「はいはい。今回もよろしくお願いしまーす」って何度も入院しなくちゃならない状況ってどんなことなんだろう?
私が入院していた病室は、もちろん女性だけの8人部屋。乳腺外科と消化器科の患者さんが入院している。そのうち私を含めて3人は乳がん。私以外の二人は60代かなって感じ。
で、このおばあちゃんはどうしたんだろう?
気になり始めるとすごく気になるたちの私。
事情を知りたいのと、その優しい声の主を見たいのとで、読書に身が入らない。
しばらく様子をうかがっていると、カーテンを開ける様子。今だ!
私もすかさずカーテンを開け、偶然顔を合わせた感を装ってごあいさつをする。ピンクのサマーヤーンで編まれた帽子をかぶり、点滴のガラガラを引いてニコニコしている、「いとうさん」。
開口一番にいとうさんは私に言った。
「あなた、まだ若くてそんなにお元気そうなのにどこが悪いの?」
自分が乳がんで昨日手術した事を話す。
「大丈夫よ~。私なんてステージ4でもう抗がん剤19回目よ」
どうやらいとうさんは消化器系のガンで抗がん剤をうけに来ていたようだ。しかも、かなり強い抗がん剤を使っているらしく、腕からの点滴ではダメで胸に穴をあけてそこに管を通し、患部へ直接抗がん剤を送り込むというハードな治療をしていた。
私は不思議でたまらなかった。
どう見てもとても辛い治療のはずなのに、この明るさは何なんだ!?
そんないとうさんは察しが早く、「それは楽しい治療じゃないけど、仕方ないじゃない?」とごもっともな事を言われる。
そのごあいさつ後、いとうさんはたまに私に声をかけてくれてオロナミンCをくれたり、どこから出てきたのか梨をむいてくれたりした。私は時々いとうさんのベッドに腰かけてオロナミンCを飲みながら、いとうさんが伊勢丹の地下でクッキーを売っていた時のことやたまに遊びに来るお孫さんと一緒にお料理をする話を聞いたりしてすごした。
そうこうしているうちに、私の胸のドレーンは抜け退院の日になった。
その日はなんだか雲がいっぱいで、今にも雨が降りそうだった。
私といとうさんは雨雲を見ながら、ポテトサラダの作り方の話をしていた。もうすぐお迎えの夫がやってくる。いとうさんともさよならだ。
ピカっと空が光ってポツポツと雨が降り出した。
みるみるうちに雨脚は強くなり、窓から見える景色が白っぽくなった。
「さみしいねー。涙雨だね」いとうさんが言った。
いとうさんはまだ抗がん剤が続く。私は家に帰る。
そうだよね。さみしいよね。
なぜだかよくわかんないけど、私は心の中で「ごめんね、いとうさん」と謝っていた。
退院後、通院する中でまたいとうさんに会えやしないかと私は毎回キョロキョロしていた。またあの優しい笑顔に癒されたかったのだ。
あ!いとうさん!
そしてついに見つけた!
私は駆け寄ろうとして…やめた。帽子を深くかぶってマスクをしているそのおばあちゃんは確かにいとうさんだったと思う。でも、「あの」いとうさんではなかった。うつむき加減で険しい顔をして、何人も寄せ付けないようなオーラが出ていた。
病院ってそういう場所なんだよね。
病気だから来る場所。
ある程度治療して卒業する人もいれば、最後まで卒業できない人もいる。
1人1人違う敵と戦っているんだよね。
お互い頑張りましょう。
心の中でいとうさんにごあいさつをして、病院を後にした。
それからも私は通院しているし、きっといとうさんも通院しているに違いないけれど一度もお会いしていない。
いとうさんのガンが奇跡的に消滅することを私は心から願っている。
手術した胸には血やリンパ液を流すためのドレーンがついている。
違和感バリバリ。
でも、思いのほか痛みはあまり感じない。あとは傷口からの浸出液が減ってドレーンがとれたら病院脱出だ。それまで、3日くらいかかるらしいから、しこたま用意しておいた本を読むことにする。
なにしろ病院にいるもんだから、病気に関しては何があってもすぐに対処してもらえる。栄養をちゃんと計算された上膳据膳の食事。やることは本読むことと、寝ることだけ。うっかりぼんやりすると悪いことばかり考えちゃうので、ひたすら本を読む。
と、隣のベッドからなんだかかわいらしいおばあちゃんの声が聞こえる。
どうやら今日から入院らしい。でも、なんだか看護婦さんとも慣れた様子。
「その後、お義母さんとはうまくいってるの?あなたなら大丈夫よ~」看護婦さんの家庭事情まで知ってる患者って何者!?
「はいはい。今回もよろしくお願いしまーす」って何度も入院しなくちゃならない状況ってどんなことなんだろう?
私が入院していた病室は、もちろん女性だけの8人部屋。乳腺外科と消化器科の患者さんが入院している。そのうち私を含めて3人は乳がん。私以外の二人は60代かなって感じ。
で、このおばあちゃんはどうしたんだろう?
気になり始めるとすごく気になるたちの私。
事情を知りたいのと、その優しい声の主を見たいのとで、読書に身が入らない。
しばらく様子をうかがっていると、カーテンを開ける様子。今だ!
私もすかさずカーテンを開け、偶然顔を合わせた感を装ってごあいさつをする。ピンクのサマーヤーンで編まれた帽子をかぶり、点滴のガラガラを引いてニコニコしている、「いとうさん」。
開口一番にいとうさんは私に言った。
「あなた、まだ若くてそんなにお元気そうなのにどこが悪いの?」
自分が乳がんで昨日手術した事を話す。
「大丈夫よ~。私なんてステージ4でもう抗がん剤19回目よ」
どうやらいとうさんは消化器系のガンで抗がん剤をうけに来ていたようだ。しかも、かなり強い抗がん剤を使っているらしく、腕からの点滴ではダメで胸に穴をあけてそこに管を通し、患部へ直接抗がん剤を送り込むというハードな治療をしていた。
私は不思議でたまらなかった。
どう見てもとても辛い治療のはずなのに、この明るさは何なんだ!?
そんないとうさんは察しが早く、「それは楽しい治療じゃないけど、仕方ないじゃない?」とごもっともな事を言われる。
そのごあいさつ後、いとうさんはたまに私に声をかけてくれてオロナミンCをくれたり、どこから出てきたのか梨をむいてくれたりした。私は時々いとうさんのベッドに腰かけてオロナミンCを飲みながら、いとうさんが伊勢丹の地下でクッキーを売っていた時のことやたまに遊びに来るお孫さんと一緒にお料理をする話を聞いたりしてすごした。
そうこうしているうちに、私の胸のドレーンは抜け退院の日になった。
その日はなんだか雲がいっぱいで、今にも雨が降りそうだった。
私といとうさんは雨雲を見ながら、ポテトサラダの作り方の話をしていた。もうすぐお迎えの夫がやってくる。いとうさんともさよならだ。
ピカっと空が光ってポツポツと雨が降り出した。
みるみるうちに雨脚は強くなり、窓から見える景色が白っぽくなった。
「さみしいねー。涙雨だね」いとうさんが言った。
いとうさんはまだ抗がん剤が続く。私は家に帰る。
そうだよね。さみしいよね。
なぜだかよくわかんないけど、私は心の中で「ごめんね、いとうさん」と謝っていた。
退院後、通院する中でまたいとうさんに会えやしないかと私は毎回キョロキョロしていた。またあの優しい笑顔に癒されたかったのだ。
あ!いとうさん!
そしてついに見つけた!
私は駆け寄ろうとして…やめた。帽子を深くかぶってマスクをしているそのおばあちゃんは確かにいとうさんだったと思う。でも、「あの」いとうさんではなかった。うつむき加減で険しい顔をして、何人も寄せ付けないようなオーラが出ていた。
病院ってそういう場所なんだよね。
病気だから来る場所。
ある程度治療して卒業する人もいれば、最後まで卒業できない人もいる。
1人1人違う敵と戦っているんだよね。
お互い頑張りましょう。
心の中でいとうさんにごあいさつをして、病院を後にした。
それからも私は通院しているし、きっといとうさんも通院しているに違いないけれど一度もお会いしていない。
いとうさんのガンが奇跡的に消滅することを私は心から願っている。
by mikicori
| 2013-09-26 13:56
| けんこう